2007年04月21日

言葉の定義

 先日、客先で資料をレビューしているとき、自分がやたらと言葉を区別したり定義したりするための発言をしていることに気がつきました。たとえば、「このポリシー設定には、みんなで使う物を設定する場合と、特定の人が一時的に使うものを設定する場合とが含まれていますね。前者を共用ポリシー設定と呼ぶことにしませんか?」とか、「マイポリシー設定という言葉は、パッケージで使われている言葉ですが、要求される機能と一致しているかどうか現時点では分からないので、要求される機能のほうは別の言葉にしませんか?」というように。
 そういえば、SIの仕事を始めたころ、一緒に仕事をしていたmokurenさんが常にそういう発言をしているのを見て、うるさいと感じるほどやけに厳密に言葉を使うなということと、この言葉が今あいまいだというのがなぜ即座に分かるんだろう、と思っていたことを思い出しました。

 開発の仕事をしているときは、長年同じ人たちと同じような仕事をしていたので、都度都度言葉を厳密に定義しなくても、各自が勝手にそこで使われている言葉の意味を調整・学習することで会話が成り立っていました。
 しかし、短期間で新しいお客様と開発するシステムを検討・合意してシステムを構築するSIの仕事の場合、言葉があいまいなままお客様と合意したと思っていても、それは合意したことにはなりません。私は、SIの仕事でお客様とのコミュニケーションを繰り返すうちに、いつの間にか、言葉があいまいだということが判断できるようになっていたのです。

 では、私はどうやって言葉があいまいだということを判断しているのでしょうか?実際には、あいまいな言葉に遭遇すると、判断しているというよりも「気持ち悪い」と感じて反応しているようです。以前は言葉があいまいでも「気持ち悪い」と感じられなかったのに、なぜ今は「気持ち悪い」と感じるのでしょう?
 そのときに私の頭の中でやっていることをイメージしてみると、たとえば、電球を換える時の踏み台に椅子を使おうとしてその椅子に乗っても大丈夫かを確認しようとするとき、椅子をゆすってみてぐらぐらしないかどうかを確認しますね? それと同じようなこと、つまり「言葉をゆする」ようなことをしているようです。
 では、言葉をゆする、とは具体的にどういうことをして何を確認しているのでしょう?
 これは、ちょっと簡単には言葉にできそうにないので、先にmokurenさんに聞いちゃうことにします。
 ということで、mokurenさんの場合は、どうやって言葉の定義があいまいかどうかを判断していますか?
posted by koppe at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 90.最近の出来事から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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