2006年09月01日

未知の領域にチャレンジする人、しない人

 仕事の上で関係する周りの人を観察していると、未知の領域に「チャレンジする人」と「チャレンジしない人」に大別できるような気がします。
 「チャレンジする人」と「チャレンジしない人」の違いはどこから来るのでしょう?

 未知の領域は、その人にとって経験したことのない世界、一歩先に何が待ち受けているか分からない真っ暗闇の世界ですから、人間であれば誰しもそこに足を踏み出すのは怖いはずです。
 では「チャレンジする人」は真っ暗闇の中に闇雲に足を踏み入れる、無謀な勇気の持ち主なのでしょうか?
 いえ、少なくとも、ビジネスの世界においてチャレンジする人たちは、なんらかの確信や根拠をもって未知の領域に足を踏み出しているように思えます。その確信や根拠は一体どこから来るのでしょう?

 その鍵は「抽象化する能力」なのではないかと思います。
 「2006年08月13日 抽象化の使い道」の記事でつかった例を元に考えて見ます。
 ある人が「ある自治体の宅建業免許の問い合わせ対応業務」をシステム化する案件を経験したとします。抽象化をしなければ、「自治体の宅建業免許の問い合わせ対応業務」は「既知の領域」ですがそれ以外は経験したことのない「未知の領域」です。
 しかし、記事で述べたように、「自治体の宅建業免許の問い合わせ対応業務」を抽象化をすると、「個人事業主やそれに準ずる中小企業に対する顧客対応業務」は業種に関わらずすべて「既知の領域」になります。細かいところまで含めると厳密には「既知の領域」とはいえないかもしれませんが、すくなくとも自らの経験を生かせる「既知の領域の延長線上の領域」にすることができる。

 つまり、一見すると「未知の領域」を、「抽象化する能力」によって、「既知の領域の延長線上の領域」に変えられる人、その結果、経験に基づく確信や根拠を持って「周りからは未知に見える領域」に踏み出せる人、これが「未知の領域にチャレンジする人」なのではないかと思います。
posted by koppe at 13:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 90.最近の出来事から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。場違いなコメントお許し下さい。

私は中学生の親ですが、学校の勉強で、「経験のあること」「理解できること」だけに取り組み、
未知の領域や難問に取り組もうとしない子供の対処に悩んでいます。

これまでは、チャレンジングスピリットがないからだと思ってましたが(まあそれもありますが)、
このブログを読んで、まさに、「経験則の抽象化能力」がないから、
未知の領域と自分で判断してしまったら、一歩も前に進めないのではないかと思いました。

確かに、うちの子供は、経験則を抽象化することができません。
1を聞いて10を知るどころか、極端に言えば、1+1を勉強しても、1+2がわからないような感じです。

こんな子供の「経験則抽象化能力」を高め、未知の領域を既知の領域の延長線上に考えるようしていく
親のための教育方法を、ズバリ教授してもらえませんでしょうか。
Posted by 北斗 at 2006年10月19日 23:49
北斗さん。mokurenです。返答がおそくなってすいません。当ブログめったにコメントがこないものですからうっかり見落としていました。

 私にも子供がいまして、今、上の子供は大学生、下の子供高校生といったところです。 二人とも塾などには行かず(二人ともピアノが好きで、塾代とピアノレッスン代とどちらをとるとせまったら、ピアノレッスン代ということで決まった結果ですが)、子供がわからないところは私が教えていました。子供というものは親から見ると常に完成していなく、そのことが返って親から見ると育て方が誤っているのではないかと疑心暗鬼に陥る部分でもありますよね。

 で、いただいたお話ですが、経験則抽象化能力というのは、身体にたとえると筋力にたとえられるのではないかと思っています。一般的に、筋力をつけるためには筋トレをしますね。ところが、筋トレだけを考えてみるとちっともおもしろくない。でも、筋トレを一生懸命やっている人がいるのも事実です。で、この一生懸命筋トレをやっている人の共通点は何かというと、筋トレすることで実現される目的を明確にもっていることなのではないのでしょうか?
 経験則抽象化能力も、何かの目的を持った瞬間そしてそれが継続する場合、無意識に能力増強し始めるものなのではないかと思うのです。逆にいうと、目的意識がないとほとんど増強されないものなのではないか、そんなふうに思っています。
筋トレも目的意識を持って筋トレしたい人には指導法というものが存在しますが、そもそも筋トレしない人には指導法も存在しないのではないかということです。

 そう考えると、こどもの好き嫌いを認め、好きなところで目的意識を持たせ、その中で経験則抽象化能力を育んでいくというのも一つの方法のような気がします。子供に対しては、何はともあれスタートさせるということが大事なような気がしています。

 えらそうなことを書いてしまいましたが、このような返答でよかったのでしょうか?
Posted by mokuren at 2006年10月28日 22:32
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