2007年02月12日

知的生産性とコミュニケーション

 皆さんは、一生懸命資料をつくったのに、作った資料が相手の意図に合わずまるっきりムダになってしまったり、何とか〆切に間に合わせるために急いで資料を作ったのに資料がちゃんと届かなくて結局間に合わなかったというような経験はないでしょうか?
 資料を作ることが知的生産作業だとすれば、知的生産作業自体は成果を挙げているはずなのに、実際は求められる成果に結びつかないということは、日常でしばしば発生します。

 料理の例で考えて見ましょう。
 ここにおいしい料理を手早く作れる料理人がいるとします。この人は作るべき料理を求められる時間内に作ることができるのでコンスタントに高い生産性で仕事ができます。しかし、お客の注文を聞いたウェイターが間違った注文を料理人に伝えてしまった場合、お客の元には期待する料理は届かず、料理人が作った料理はムダになります。あるいは「急いで作って」というお客の注文に対して、この料理人は非常に短時間で料理を作ったとします。しかし、その料理をお客の元に届けるべきウェイターがなんらかの理由で料理を運ぶのが遅くなってしまった場合、料理人が短時間で料理を作ったことはお客に評価されません。
 つまり、この場合の生産性は、料理を注文した人によってその人が注文してから注文した料理が届いたところで評価されています。料理を作る部分だけでなく、注文を聞いて伝える部分、できた料理を届ける部分も含めて生産性が評価されるのです。

 知的生産作業においても、外部からのインプットがあって、思考や資料作成などの知的生産作業があって、外部へのアウトプットがありますね。
 知的生産作業にとってのインプットやアウトプットとは、主として会話や資料による外部との情報交換、すなわちコミュニケーションです。
 この外部とのコミュニケーションがうまくいかないと、いくら知的生産作業の生産性が高くても、外部からみたときの知的生産性は低くなってしまうのです。

 知的生産性を議論するなら、知的生産作業の前後にある外部とのコミュニケーションの質も議論する必要があると思いますが、mokurenさんどう思いますか?
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posted by koppe at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 12.コミュニケーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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