2006年06月15日

2対言葉による二つの分解方法

 2対言葉で分解する場合は、それはそれで終わりとする必要があると思います。それで終わりにしないと、再現のない分解が始まるからです。
 たとえば「前後」で分解するとします。これにたいして「前」でもない「後」でもないものは何と考えるとそれは「中」になります。そして、さらにそれら3つでないものを考えると前と中の間の「前中」になりますし、後と中の間の「後中」になります。さらにそれら5つのものでないものを考えると・・・・・、際限がなくなりますよね。

 それ以上に分解したい場合は2対言葉で分解された2つの物事を、それぞれ異なる視点での2対言葉でさらに分解する方法(aパターンとする)、たとえば次のような分解と、

企業
 実体あり
  人
  物
 実体なし
  金
  情報

 今から述べる方法(bパターンとする)の2つがあると思います。

 まず、前回、私が述べた、「それとそれ以外」の分解を行い3つの要素に分けます。このとき2対言葉での分解は行いません。直感的に3つに分けます。何でもいいからまず強引に3つに分解するのです。これをA、B、Cとします。そして、それらを2つに分けます。すると、1つと2つに分かれますね。すると今、

 1. A,B   C

 2. A     B,C

のような分かれ方をしたと思います。これを次のように書き直してみます(1.の場合を例にします)。

    ―――――――――
    | A   B
    | C   ?

 すると、面白いことに気づきませんか? 「?」の部分が見えてきました。そして、下図のM,L、X,Y、が何かを考えてみるのです。このとき、X,YとM,Lは2対言葉で分解で考えます。
 たとえば、Xが「前」ならYは「後」、Mが「内」であればLは「外」というように必ず2対言葉で定義します。
 そして、それを考え付くことができれば、「?」が何なのかが見えてきませんか?

      X   Y
    ―――――――――
   M| A   B
   L| C   ?

 このように考えると、今まで存在していることが分からなかった「?」の存在を見つけることができるのではないのでしょうか?
 ポイントはこの「?」を見つける過程において、2対言葉という人類が言葉として蓄積した膨大な基本的認知の概念そのものを利用するということにあります。
posted by mokuren at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 9.4象限MECEの作り方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

4対言葉の分解の具体例

mokurenさんが書いている分解方法は、たとえばこういうことでしょうか。

 まず「それ」が「前」だった場合の例。
「前」の「それ以外」は、「前でない」になります。「前でない」を別の言葉に言い換えると、「後」ですね。「前」と「後」は反対語ですから、これで分解は完了です。

 次に、「それ」が「好き」だった場合の例。
「好き」の「それ以外」は「好きでない」になります。「好きでない」を別の言葉に言い換えると、「嫌い」が浮かびますが、「嫌い」と「好きでない」が同値かというと、そうではない。そこで、「好きでない」を「好き」の反対語である「嫌い」と「嫌いでない」に分解する。「好きでない」のうちの「嫌いでない」を別の言葉に置き換えると「好きでも嫌いでもない」になります。
これで「好き」と「嫌い」と「好きでも嫌いでもない」の3つに分解できました。

mokurenさん、この理解であってますか?

posted by koppe at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 9.4象限MECEの作り方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1公理は2対言葉

 MECE的分解でよく使われる4対言葉による分解も、今まであげてきた例でおわかりいただけたと思いますが、単純にそれに当てはめて分解するだけではどうも心もとない感じがします。4対言葉自体の分解方法に怪しさがあるからです。
 So why、So Whatで分解結果の確かさらしさを検証することはできても、そもそもどのように分解してよいのか分からない。そこで、既知の4対言葉などで分解してみる。でもそれは所詮人の考えの借り物、自分自身の考えで分解したわけではない。
 この感覚がMECE的分解に怪しさを感じる一番大きな理由なのではないのでしょうか?

 そこで、以前、言いかけてやめてしまった2対言葉での分解をもう一度ここで持ち出してみましょう。この2対言葉による分解は、分解におけるもっとも基本的な公理となるものです。
 「前後」、「上下」、「内外」・・・・など、人間が自身の外界の状況を区別して理解するためのもっとも基本となる言葉の蓄積です。歴史が言葉の蓄積を通じて証明してくれています。数学ほど厳密に定義はできませんが、これを分解の第一公理と呼ぶことにします。


 まず、「それとそれ以外」で分解します。これは、比較的簡単にできると思います。とりあえずある物事の部分として思いついたものを「それ」として言葉にすればよいのですから。それから、「それ以外」を具体的に言葉にします。このとき、言葉にした「それ」と「それ以外」が2対言葉の関係に該当するか検証します。
 もし、2対言葉の概念にきっちり「それ」と「それ以外」が納まっているのであればこれで終わりです。さらに詳細化したければ、今あげた「それ」と「それ以外」をある物事として、同様に分解をしていけばよいのです。

 問題は「それ」と「それ以外」が2対言葉の関係に納まらなかった場合です。この場合は、「それ以外」をさらに「それ」とそれ以外に分解します。分解の手法は同様です。「それ」をまずあげます。すると当然、「それ以外」が起こります。ただし、この手法であげた3つの分解要素は重複しないことが条件となります。

 と書きましたが、ここで問題となるのが「重複」です。そもそも、MECEの目的は「モレなし、ダブリなし」なのではなかったのでしょか? 簡単に重複が分かるのであれば、わざわざMECEなどという思考法を構築する必要はありませんね。

 次回はこの点を掘り下げてみたいと思います。 
posted by mokuren at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 9.4象限MECEの作り方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

2種類の「参照」の正体は?

 コンピュータの世界での「登録・更新・参照・削除」の4対言葉ですが、「参照」は厳密にいうと2つの意味に分かれています。
 たとえば、Widnowsのエクスプローラで「マイドキュメント」を開くと、「マイドキュメント」の中にあるフォルダやファイルの一覧が表示されますね。これが1つめの参照です。仮にこれを「一覧参照」と呼ぶことにしましょう。一覧の中にあるファイル1つをダブルリックすると、そのファイルの中身が表示されますね。これが2つめの参照です。通常ファイルを操作するときは、まず「一覧参照」をして、同じ名前のファイルがあるのか無いのかを判断しています。
 このように、「参照」を「一覧参照」と「参照」の2つに分けると、「登録・更新・参照・削除」は、フォルダ内にファイルがあるかないかを判断する「一覧参照」と、その中に存在しないことが判明したファイルを新たに作成する「登録」、その中に存在することが判明した特定のファイルの「参照・更新・削除」の3つのグループに分かれることになります。
 mokurenさんが「参照」と「登録・更新・削除」は別のMECE的分類軸ではないかと書かれていますが、特別視した「参照」から「一覧参照」を分離すると、このような分類の仕方も出てきました。周知の分類と思っていた「登録・更新・参照・削除」が、見方によっていろいろ違った分類になるのが面白いですね。

2006年06月05日

「参照」の異なる二つの意味は合わせ鏡

 こうしてみると、この「参照」だけは、「登録・更新・削除」とどうも位置づけが異なるように思えます。
 このことに関しては、水隅さんからもゲストブックのほうで指摘(詳細は「知的生産性探求塾ゲストブック」を参照)をいただいておりますが、私なりの解釈をここで表明させていただきたいと考えております。
 
参照するという動作はそもそも何のためにするのでしょうか?

・一つは、今まで議論してきた、存在するか否かを認知するためにするということ。
・もう一つは、ある何かをするために必要な情報を手に入れるためにするということ。

 この二つはレベルが違いますね。ある情報を手に入れようとしてその情報を参照するためには、その情報が存在することを予め知っておく必要があります。そして、この予め知っておくということは、それが存在するか否かを参照して知ることができます。
 しかし、その情報が存在するか否かを参照するためには、その情報が存在することを予め知っておく必要があります。おや、話がややこしくなってきましたね。このまま話を進めると無限の繰り返しになってしまいますね。二つの異なる参照の意味はまるで合わせ鏡のようです。
 「登録・更新・削除」に関しては、合わせ鏡になるような異なる二つの意味が存在しないと思うのですが、間違っているのでしょうか?koppeさん。

 このような観点から見ても、「参照」は「登録・更新・削除」と同じレベルに扱ってはいけないものなのではないのでしょうか? 一見、コンピュータの世界では「登録・更新・参照・削除」は4対言葉として一般化しており、マーケティングの4Pと同じような位置づけで使われています。しかし、突き詰めて考えると、「参照」は「登録・更新・削除」とは別のMECE的分類軸であると解釈したほうがよさそうです。
posted by mokuren at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 8.登録・更新・参照・削除 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

「存在しない状態」は主観の世界

 結局、「存在しない状態」と言うのは、見ればわかるという単純認知ではなく、人間の思考がつくりだした仮想現実であるともいえるのではないでしょうか? 少し哲学的な表現になりますが、仮にすべての世の中を見通すことができ、かつ、客観視だけしかできない存在がこの世に存在すると仮定します。そのような存在が認知できるものは、「存在するようになる」、「存在する」、「消滅する」だけであり、「存在しない状態」を認知することはできないのではないのでしょうか? 「存在しない状態」は極めて主観的な認知であると言えると思えるのです。 それが、その他の「存在するようになる」、「存在する」、「消滅する」と大きく異なるところと思えます。
 では、この特殊な状態である「存在しない状態」を「登録」「削除」「参照」「更新」という観点から再点検してみましょう。

登録:
 存在しない状態から存在する状態に変化するのですから状態ではなく動作となり、「存在しない状態」には当てはまりません。

削除:
 存在する状態から存在しない状態に変化するのですから状態ではなく動作となり、これも「存在しない状態」には当てはまりません。

参照:
 これが曲者です。「存在するそのもの」を参照することはできませんが、「そのものが存在しない」という状態を参照することができます。換言すると、この観点の参照ができないのであれば、そもそも「存在しない」という状態そのものを認知することができないのではないのでしょうか? ただし、客観的ではなく主観的な観点からであることを添え書きすることが必要だと思いますが。

更新:
 存在しない状態のものを更新することはできませんね。仮にその状態にたいして変化を加えることを更新だとしても、それは登録になってしまいます。決して更新にはなりません。

 Koppeさん、いかがですか。koppeさんの言われた「芋づる式分解」を、この観点で一度紐解いてみませんか?

posted by mokuren at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 8.登録・更新・参照・削除 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月31日

存在しない状態とは?

 「存在しない状態」をどのように認識するのでしょうか? 改めて考えてみると結構難しいですよね。もともと存在しないのであれば、そもそも存在しないと認識すらしないのではないのでしょうか?
 「存在しない」ということを認識する方法は大きく分けて次の2種類あると思われます。

1.「存在する状態」が予め認識されており、時間の経過の中で、それがなくなったときに「存在しない状態」であると認識される。

2.「存在するもの・こと」を分類や体系化することによりその分類や体系の中で「存在するもの・こと」が埋まらない領域を見つけたとき。

 まず1ですが、生後すぐの赤ちゃんは認識できないそうですが、生後数ヶ月か1年程度か忘れましたがそれくらいの期間で自然と認識できるようになるそうです。その意味では認知の基礎的能力であり、その認識をすること自体に思考をほとんど要しません。ただし、まったく同じではなく類似すると言う観点から考えると、今、存在しないという状態が、過去に経験した「存在するものが存在しなくなる」というものに関係付けられてはじめて認識されます。ここで思考が必要となってきます。
 次に2ですが、これは思考が必ず必要です。たとえば、すでにあるものやことが複数存在し、それを縦横の2つの分類軸の表で分類してみると、埋まらないセル(升目)が出てくる場合があります。そうすると、ここに何か存在するはずだけど、それが今存在しない、というような観点が出てきます。この分類軸を導き出すところに思考が必要となります。また、これは1とは逆に思考の簡略化ができます。それはすでに先人が考え出した分類軸を当てはめてみるという方法です。ロジカルシンキング系書物のMECE的分解の例などでよく紹介される「マーケティングの4P」とか「人・物・金・情報」などはそのような簡略系の一例といえるのではないでしょうか?
posted by mokuren at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 8.登録・更新・参照・削除 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

動作と状態の公理?

 Koppeさん、話題をしばらく引っ張って入ってくれてありがとうございました。「登録・削除」「参照・更新」の話題をだされてから、それに違和感を持ち、その理由がすぐに言えなくなって今日までたってしまいました。それに対する私の意見がやっとまとまってきたのでこれから書きます。

 「登録・削除」「参照・更新」の区別は確かに「データの存在自体を変更する」、「データの存在自体は変更しない」で分けることはできます。しかし、どうもすっきりしないのですね。理由はどうも「登録・削除」は反対の意味での対義後であるにもかかわらず、「参照・更新」はそうなっていないところにあるような気がします。
 まず、「登録・削除」を分析してみましょう。これは動作動詞の名詞形ですね。これをもっと抽象化して表現すると「存在するようになる」「消滅する」と言い換えることができます。そうしますと、あれあれ、それらの動作をつなぐものは何? っていう疑問が頭に浮かびませんか? そうなのです、「存在しない」、「存在する」と言う状態がありますよね。
一般的に、反対の意味の動作の対があるならば、その動作の間に、その結果としての反対の意味の状態の対が存在します。
 
上の例では

「存在するようになる(動作)」
  ↓
「存在する(状態)」
  ↓
「消滅する(動作)」
  ↓
「存在しない(状態)」

となります。
 このような4つの関係は特に数学でいうところの公理と同じ位置づけとしてよいですよね。この世に存在するすべての「もの・こと」に当てはまることですから。
 では、この関係を「登録・削除」「参照・更新」にあてはめてみましょう。

「存在するようになる(動作)」―――→ 登録
  ↓
「存在する(状態)」―――――――→ 参照・更新
  ↓
「消滅する(動作)」―――――――→ 削除
  ↓
「存在しない(状態)」――――――→ ?

 「参照・更新」はkoppeさんの「データの存在自体は変更しない」の表現を尊重して「存在する」に当てはめてみました。そうすると、「存在しない」にたいして当てはめるものがないのですね。このことをどう考えればよいのでしょうか?

続きは次回に書きます。

posted by mokuren at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 8.登録・更新・参照・削除 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

芋づる式分解

 ここまで紐解いてみて、自分がプログラムの仕組みを明確化するとき、たった2つのMECE的分解のフレームワークをつかって作業しているという事実に気がついて、われながら驚いています。
 その2つのフレームワークとは、
(1)「2006年05月22日 分解レベルの判断基準」の記事で説明した「外部入力、外部出力、外部データ、外部処理」で、名づけて「処理に関わる4つの外部要素」
bunkai1.jpg
 
(2)「2006年05月17日 「動作」系の関係の違い」で説明した「登録、更新、参照、削除」で、名づけて「データを操作する4つの処理」
bunkai2.jpg

です。
 実際に作業するときは、(1)で分解した結果、新たなデータが出てきたら(2)で4つの処理を洗い出す。そこで新たな処理が出てきたらそれを(1)で分解する、という具合に、2つのフレームワークを当てはめながら、芋づる式に処理を分解しています。芋づる式に分解できるからこそ、次々と効率よくできるのでしょう。

 このことから想像すると、ヒアリングや原因分析などが得意な人も、実はそんなにいろいろなMECE的分解のフレームワークを駆使しているのではなく、1〜2種類のMECE的分解のフレームワークを使って、芋づる式に分解しているのではないでしょうか?
posted by koppe at 22:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 7.具体例からMECEを紐解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

分解レベルの判断基準

 連続投稿ついでに、もうひとつ投稿させてもらいます。
 2006年05月14日の記事を書いてからずっと考えていたことがあります。それは、処理を分解するときに「今回はここまで分解すれば十分」という判断を一体どうやってやっているのかということです。ずっと考えていて、一つの仮説にたどり着きました。それは、「外部との関係がすべて明確になるまで」という判断基準です。

 どこまでが内部で、どこからが外部かというのは、場合によって異なります。開発するシステム全体が内部の場合もあれば、ある機能を実現するプログラムの塊が内部の場合もあるし、1つの関数が内部の場合もあります。内部の範囲は、見積もりや設計などのフェーズごとに異なります。フェーズが後になるほど、設計が進むほど、処理は詳細化されていき、内部の範囲は小さくなっていきます。

 また、あるプログラムと外部との関係には、主に以下の4つがあると思います。
1.入力(渡される)
2.出力(渡す)
3.外部データのアクセス(取りに行く、ためておく)
4.外部処理の呼び出し(外部に処理させる)

 私は、ある処理を分解するとき、その処理にとって上記の4つがいるのかいらないのか、いるのならそれはどのようなものかが明確になるまで、処理を分解しているようです。それは外部との関係のモレやぶれは内部処理のモレやぶれに比べてその影響が大きいことから来ているのではないかと思われます。

 「外部との関係がすべて明確になるまで」分解する。この分解の判断基準は、プログラムの処理を分解するとき以外でも使えるかもしれません。

posted by koppe at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 7.具体例からMECEを紐解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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